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2016年3月14日 (月)

震災孤児の5年後:海外ニュース

東日本大震災から5年が過ぎましたね

まだまだ復興も道半ばで、

仮設住宅に住んでいる方も大勢いますし、

復興の遅れを実感させる五年目の3.11でした

そんな中、日本のメディアは早くも

「震災離れ」を起こしていると感じます。

3.11にも、その翌日にも、

民法テレビのゴールデンタイムには、

大震災の特集番組はなかった・・・

NHKくらいですよ、放送していたの。

そんな中、海外のニュースでも、

報道が減っちゃったかな〜

と思って見てみたら、

いやいや、しっかり取材して記事にされていました。

本日は、そんな記事をご紹介しようと思います。

本日は、イギリスの the guardian の記事からご紹介。

震災直後から、丁寧なレポートを続けて報じてくれていて、

さすが!と思わせられる新聞社。

今回は、津波で親を亡くした

「震災孤児」について報じています。

Five years after Japan's tsunami, orphan victims lament their lost parents

日本の津波から5年。震災孤児たちは亡くした両親を悼む

Early next month Takashi Tsuchiya will put on his best suit, take a deep breath and embark on what promises to be a successful academic career.

来月の初旬に、タカシ・ツチヤは一番いいスーツを着て、深呼吸して、素晴らしい学歴を約束するスタートを切るだろう。

But his parents won’t be there to see their son start his engineering degree at one of north-east Japan’s best universities.

しかし、彼の両親はそこにはいない。息子が東北の最上位大学の一つで工学の勉強を始めるのを見届けることはできない。

Five years ago Takashi, then 13, and his elder sister, 15-year-old Naho, left for school from their family home, close to the thousands of towering pine trees that once lined the coast of their hometown, Rikuzentakata. It was the last time they would see their father, Yoshihiko, 50, and their 48-year-old mother, Miki, alive.

5年前、タカシはその時13歳で、姉のナホは15歳だった。学校に行くため、家族の家を出て行った。家は彼らの故郷陸前高田の海外沿いに並ぶ松の並木に近いところだった。それが彼らの父・ヨシヒコ(50)と母・ミキ(48)を生前に見た最後だった。

The parents were among almost 19,000 victims of a giant tsunami that crashed into hundreds of miles of coastline on the afternoon of 11 March 2011, destroying dozens of towns and villages and causing damage worth an estimated 16.9tn yen (£105bn/US$150bn). Rikuzentakata lost 1,750 of its 24,000 residents and its entire downtown area after it was hit by a wave measuring up to 15 metres in height.

彼らの両親は、2011年3月11日の午後に、海岸線から何キロにもわたって襲いかかった巨大津波による1万9千人の犠牲者の一人である。この津波は、何十もの町や村を破壊して、被害額は16兆9千億円にも上る被害をもたらした。陸前高田は高さ15メートルにも及ぶ波にのまれ、2万4千人の住人のうち、1750人を失い、下町全域を失った。

Yoshihiko’s body was found a week later, close to the doomed sports hall that was supposed to have been a safe place for evacuees. Three days later rescue workers found Miki’s body near the family’s flattened home.

ヨシヒコの遺体は1週間後に見つかった。避難民のための避難所となった体育館の近くだった。3日後、救急隊は瓦礫と化した家族の家の近くで、ミキの遺体を見つけた。

Naho and Takashi were fortunate. They took refuge in their school along with hundreds of other freezing and petrified survivors. It was there that Kiwako Shimizu, a close family friend who had taught Naho and her father traditional Japanese dance, spotted them and gave them a temporary home.

ナホとタカシは幸運だった。学校で、寒さに凍えて呆然としている他の数百人の生存者とともに避難した。そこで、キワコ・シミズが彼らを見つけ、避難できる家を提供した。キワコ・シミズはナホと父親に日本の伝統舞踊を教えていた、一家の親しい友人だった。

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・・・

Takashi, now 18, still struggles to articulate his feelings about the death of his parents. He prefaces his words with a glance at Shimizu, as if he is seeking her guidance on how to respond.

タカシは、今18歳で、今でも両親の死に対して気持ちをうまく伝えることができない。話し始める前、にシミズの顔を見る。まるで、どう対応したらいいか、彼女に教えを求めているようだ。

He is certain of one thing, though. “I think my mum and dad would be very proud of me for winning a place at university,” he says.

しかし、タカシは一つのことだけははっきり分かっている。「父と母は大学に受かったことを誇りに思うでしょう。」と彼は言った。

・・・

The long-term welfare of the region’s traumatised children is causing concern among local authorities, as Rikuzentakata and other communities undertake massive reconstruction projects that will cost at least 26tn yen ($232 bn) over the next few years. In the flattened town centre a short drive from Shimizu’s home, cranes loom over a towering seawall – one of many that will line 400km of coast, for a total cost of around 820bn yen – while large mounds of flattened earth removed from a nearby mountain mark the areas where a new, elevated Rikuzentakata will take shape.

この地域の心に傷を負った子供達の長期間にわたる生活保護は、地域自治体の懸案である。陸前高田と他の地域共同体は、巨額の復興計画を進行中で、今後の数年で少なくとも26兆円はかかる。シミズの家から車ですぐの、瓦礫と化した市の中心部には、高くそびえる護岸壁にクレーンが載っている。この護岸壁は海岸沿いに総延長400キロにも及ぶ。総額は8千二百億円にもなる。その一方で、平地には、近くの山から持ってきた土を大規模に盛り、新しい、標高の上がった陸前高田がこの地帯に形作られるだろう。

While Rikuzentakata’s transformation from disaster zone to building site offers a glimmer of hope, not least to the 1,400 residents still living in temporary housing, the psychological wounds inflicted on the region’s children could take decades to heal.

陸前高田が被災地から建設地へと変わって、希望の兆しとなる一方で、少なくとも1400人の住民が今も仮設住宅に住み、この地域の子供達が心に負った傷は、癒えるまで何十年とかかるだろう。

In the three worst-hit prefectures of Iwate, Miyagi and Fukushima, more than 230 children were orphaned; 1,580 lost either one or both parents. The tsunami created 42 orphans in Rikuzentakata and neighbouring Kesennuma, more than half of whom still live locally, according to Ichio Yamada, head of the city’s board of education.

もっとも被害の大きかった3県、岩手、宮城、福島では、230人以上の子供達が孤児となった。1580人が片方か、両方の親を亡くしている。市の教育長であるイチオ・ヤマダによれば、津波は陸前高田と近隣の気仙沼で42人の孤児達を作り出した。その半数以上は今もその地域で暮らしている。

“The children feel very uneasy as the anniversary approaches, and many of them have flashbacks,” Yamada said. “They had no time to prepare themselves for their parents’ deaths – it wasn’t like they were ill.

「子供達は、3.11が近づくととても不安になる。多くの子達がフラッシュバックがあるのです。」とヤマダは言う。「子供達は、両親の死に対して準備をする時間がありませんでした。病気だった場合とは違うです。」

“Getting back to normal will take a very long time … I wonder if it is even possible for them to get back to normal. A good education can at least give them the strength to move forward. Our job is to remind them that they are not alone.”

「普通に戻るにはとても長い時間がかかります。普通に戻ることができるのかもわかりません。いい教育は少なくとも、前に進む力を与えます。我々の仕事は、孤児たちが一人ではないと思い出させてやることなのです。」

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Akemi Solloway, founder of the UK-based charity Aid for Japan, which offers emotional, educational and financial support to orphans of the tsunami, described Rikuzentakata as a “great example of a community doing all it can to rebuild quickly and efficiently”.

アケミ・ソロウェイは、津波の孤児たちに感情面・教育面・資金面でのサポートをするイギリスの慈善団体・チャリティー・フォー・ジャパンの設立者である。ソロウェイは陸前高田は「共同体が素早く・効率的に復興している良い例」であると述べる。

But she added: “There are still thousands of people living in temporary accommodation that remain dependent on donations, and hundreds of children that have been left in limbo.

しかし、彼女は付け加える。「今なお数千人が寄付に頼る仮設住宅に暮らしていて、数百人もの子供達が宙ぶらりんとなっている。」

“It’s a strange thing to be an orphan in Japan, not least of all because the adoption of children is very rare, so many people remain unaware that it’s even a possibility. Foster care is also uncommon. This means that many of the children we work with are either entirely on their own or living with elderly grandparents, and are unlikely to ever find another home or family to care for them. Emotionally they are simply traumatized.”

「日本で孤児となるのは奇妙なことです。子供を養子に迎えることがとても少ないので、なおさらです。多くの人々は、それが可能だということにも気がつかない。里親制度もとても一般的ではありません。これは、私たちの関わる多くの子供達が、完全に一人ぼっちか、年老いた祖父母と暮らしています。そして、子供達の世話をしてくれる他の家や家族を見つけることはほとんどありません。感情的に、彼らは傷ついています。」

・・・・・・・

After playing in the garden with the family dog Chako – who survived after Yoshihiko took her to Shimizu’s house immediately after the earthquake – Takashi recalls some fatherly advice the siblings could never have imagined would serve them so well as they embark on adulthood alone.

家族で飼っていたチャコという犬は、地震の後すぐにヨシヒコがシミズの家に預けていたので、助かった。チャコと庭で遊んだ後、タカシは父が姉弟に与えていた助言を思い出す。たった一人で大人への入り口に立った時に、こんなに支えになるとは思わなったものだ。

“I remember my dad being strict, but he never lost his temper. He was quiet and determined. Whenever I said I wanted to give up on something, he told me to just keep going.”

「父が厳しかったのを思い出します。でも絶対にかんしゃくは起こさなかった。父は静かで、意思が強かった。いつでも、何かをもう止めたいと言うと、父は続けろ、と言った。」

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うん、これだけしっかりした報道をイギリスで見ることができて驚きです。

というか、日本でも、ほとんどこの「震災孤児」について

取り上げられているのを見たことがないなあ〜。

あれだけたくさんの人たちが亡くなったのだから、

それだけ残されてしまった子供たちも大勢いるわけで・・・

そういう子たちの教育、心のケア、独り立ちまでの援助、

等々、どれくらいサポートができているんだろう?

日本では里親が一般的ではなくて、

多くの震災孤児を新しい家庭に迎えてくれる親がいない、

っていうのは、これを読んでショックでした。

日本の児童福祉は、もっとしっかりしているのかと思っていた・・・

この記事に取り上げられているシミズさんのように、

子供達を世話してくれる家庭は少ないのか・・・

写真を見ると、シミズさんもご高齢のようだし、

決して楽ではないでしょう・・・

子供ができなくて、不妊治療している家庭も多いのだから、

せめて成人するまで面倒を見てくれるご家庭があるといいのだけれど。

あ〜、私が大金持ちだったらな〜!!

絶対うちに受け入れるのに!!

せめては、

私も、これまでは「震災」への募金、って形にしてたけど、

今後は、こういう遺児たちへ届くかたちの協力にも目を向けて行こうと思います。

あまりにも被害の規模が大きすぎて、

実際のところ、まだ仮設の人たちも大勢いるし、

震災孤児のところまでどの程度手が回っているのでしょう?

今回で、東日本大震災から5年経ちましたが、

実際は、5年も経ったのに、

まだこんなに何もかも手が回っていないの?

というのが実感ですね。

まだまだ震災の苦しみは終わっていない、というのが、

今回の3.11に改めて強く感じことでした。

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