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2014年2月15日 (土)

羽生結弦選手 金メダル!ソチ・オリンピック:海外ニュース

つ・・・ついにやりましたあ〜〜cryingcryingcrying

羽生結弦選手 金メダルですsign03sign03sign03

現在ロシアで行われているソチ・オリンピック

今日の早朝行われた男子フィギュア・スケート、

フリー・プログラムで、

羽生結弦選手が首位に立ち、ついに、

金メダルを獲得しましたhappy02heart04heart04

【ソチ五輪】羽生、日本に今大会初の金メダルもたらす/フィギュア

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ソチ冬季五輪フィギュアスケート男子フリー(14日、アイスバーグ・スケーティング・パレス)羽生結弦(19)=ANA=は、280・09点で1位となり金メダルを獲得した。町田樹(23)=関大=は、冒頭の4回転こそ転倒したもののその後はミスなく演じ、253・42点で5位。高橋大輔(27)=関大大学院=は、点数が伸びず250・67点で6位。パトリック・チャン(カナダ)は、275・62点で2位だった。

もう、早寝して、夜中に目覚ましをかけて、中継見ましたよ〜coldsweats01

冒頭の4回転のところは、こっちまでドキドキでしたhappy02

ミスが出てしまって、終わった瞬間は、

ああ、もう金メダルはないか・・・shock

とあきらめた気持ちもあったのですが、

続いて登場したパトリック・チャン選手が、

まさかまさかのミス続出sweat01

オリンピックで期待されたパフォーマンスをすることが、

いかに難しいか、つくづく感じました。

そして、点数が出てみたら・・・

逃げ切りsign03sign03

よかった、ショート・プログラムでノーミスできてhappy02

ついについに、羽生結弦選手、金メダリストになりましたshineshineshine

この活躍は、海外でも大きく報じられておりますgood

「ニューヨーク・タイムス」の記事では、

震災以来の羽生選手の戦いから詳しく報じていてくれて、

長いのでちょっと全部はご紹介できませんが、

できればぜひ読んでもらえたら嬉しいですhappy01

Yuzuru Hanyu of Japan Wins Men’s Figure Skating Gold

 日本のユヅル・ハニュウが男子フィギュア・スケートで金メダル獲得

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SOCHI, Russia — Yuzuru Hanyu was skating when the devastating earthquake and tsunami struck northeast Japan. He was 16, and he felt the ice rumbling and the ground thrusting and his legs wobbling. He ran from the rink in his skates, with no time even to put on skate guards.

 ソチ、ロシアーユヅル・ハニュウは、破壊的な東日本を地震と津波が襲ったとき、スケートをしていた。彼はそのとき16歳で、氷が波打ち大地が突き上げられ、彼の足はぐらぐらと揺れた。彼はスケート靴を履いたまま、リンクから逃げた。スケートの歯にガードをかぶせる時間もなかった。

There was only panic that day in March 2011, no imagining that in three years, Hanyu would become an Olympic champion (even after falling on a nervous night). No time for conceiving that he could become the first male figure skater from Japan to win a gold medal. No musing that he might share an Olympic podium, as he did Friday with the silver medalist Patrick Chan of Canada and the bronze medalist Denis Ten of Kazakhstan.

2011年三月のその日は、ひたすらパニックだった。三年後には、(緊張して転倒した後でも)オリンピック・チャンピオンになるだろうとは、思いもよらなかった。日本で最初に金メダルを獲得する男子フィギュア・スケート選手になるだろうとは、考える時間もなかった。金曜に成し遂げたように、銀メダリスト、カナダのパトリック・チャンと銅メダリスト、カザフスタンのデニス・テンと一緒にオリンピックの表彰台に上るとは、考えられなかったのである。

Hanyu’s hometown, Sendai, was near the epicenter of the earthquake. Pipes ruptured beneath his local rink, and the ice melted. The rink remained closed for several months. The walls cracked at his family’s home. He and his parents and his sister were left without electricity or drinking water. They spent three days in an emergency shelter in a gymnasium.

ハニュウの故郷、仙台は地震の震央に近かった。彼の拠点リンクの下ではパイプが破裂し、氷は溶けていた。リンクは数ヶ月閉鎖したままだった。家族の住む家の壁にはヒビが入っていた。両親と妹と一緒に、電化製品や飲み水もなく逃げた。体育館の避難所で三日間を過ごした。

The tremors ceased, but Hanyu kept reliving the earthquake. He relied on visualizing his jumps as a training technique, but now all he saw in his mind was disaster. He had feared that he might die at 16, buried under a collapsed rink. Fatalism crept in.

揺れは収まっても、ハニュウは地震のことを思い返し続けた。ジャンプや練習中の技術を思い描くようにしていたが、今頭に浮かぶのは、災害の事だけだった。崩れ落ちたリンクの下敷きになって、16歳で死んでいたかもしれない、と恐怖を感じていた。運命論に傾いた。

“Everything exists just by luck,” Hanyu, 19, wrote two years ago in his autobiography, “Blue Flames.”

 「全ては偶然に存在している。」と、19歳のハニュウは二年前出した自伝「青い炎」で述べている。

蒼い炎

The disaster, he wrote, “totally changed my values.”

 その災害は、「完全に価値観を変えた」と彼は書いている。

Eventually, resignation gave way to purpose.

 結果的に、あきらめは、目的に変わった。

“More than anything else, I want to make every day count now,” Hanyu wrote.

「何よりも、毎日を今そのときと思いたい。」とハニュウは書いている。

In December 2012, Hanyu came to Sochi to compete in an important international event, the Grand Prix Final. He and his coach, Brian Orser, took a walk along the Black Sea, and Hanyu said, “I want to win the Olympics.”

 2012年の12月、ハニュウは重要な国際試合であるグランプリ・ファイナルで競技するために、ソチに来た。ハニュウとコーチのブライアン・オーサーは、黒海沿岸で散歩をして、ハニュウは「オリンピックで勝ちたい。」と言った。

After returning for the Sochi Games, Hanyu jumped and spun with abandon in Thursday’s short program and set a world record with 101.45 points. A gold medal was in reach.

 ソチ・オリンピックの為にソチに戻って来てから、ハニュウは木曜のショート・プログラムでたくさんのジャンプとスピンをして、世界記録の101.45点を叩き出した。金メダルは手の届く範囲にあった。

“He’s so explosive, and he does the most difficult things in such a way that you feel it’s simple for him,” said Scott Hamilton, the 1984 Olympic champion. “That gets incredible respect.”

 1984年のオリンピック・チャンピオンであるスコット・ハミルトンは、「ハニュウはすごく爆発力があって、一番難しいことを、簡単にみえるようにやるんだ。」「信じられないくらいすごく尊敬に値するよ。」と言った。

Yet there was no rest day between the short and long programs. No time for emotion and pressure to ebb and then rebuild.

 しかし、ショートとフリー・プログラムの間には休みがなかった。感情とプレッシャーを落ち着けて立て直す時間はなかった。

On Friday, Hanyu seemed anxious during warm-ups. When his long program opened, he fell on his first jump, a quadruple salchow, unable to stabilize himself while attempting four revolutions. He then put both hands to the ice on a triple flip. He began to panic, and his legs grew heavy.

 金曜日には、ハニュウは練習中に心配そうに見えた。フリー・プログラムが始まると、最初のジャンプである4回転サルコーで転倒した。4回転する間に安定させることができなかった。その後、三回転フリップでは、氷に両手をついた。パニックになり、足は重くなった。

“I thought the gold was not in my hands,” Hanyu said.

 「金メダルは手にできないと思った。」とハニュウは言った。

(そして金メダルを取るまでは、日本語記事と大体同じなので中略)

Three years ago, Friday’s result would have seemed highly unlikely. After the earthquake, Hanyu was left without a home rink for months. He moved his training base to Yokohama, far from the stricken Fukushima Daiichi nuclear plant. Still, he found it difficult to attend school. He skated a benefit for victims of the earthquake, and to remain fit, he performed ice shows through the summer of 2011.

 三年前、金曜日の結果はとても実現しそうになかった。地震のあと、ハニュウは数ヶ月、拠点リンクが無いままだった。被害にあった福島第一原発から遠くの横浜に練習拠点を移した。しかしそれでも、学校に行くのは難しかった。地震の犠牲者たちの支援のためにスケートをし、練習を続け、2011年の夏の間中、アイス・ショーで演技をした。

“I seriously thought about quitting skating,” Hanyu said. “I had my hands full making a living to stay alive.”

 「真剣にスケートを辞める事を考えていた。」と、ハニュウは言った。「生きて行く為に生活を支えるので精一杯だった。」

He changed his mind, buoyed by the people of Sendai. Among them was Shizuka Arakawa, the 2006 women’s Olympic champion, who made donations to his career and gave him spiritual support.

 仙台の人々に支えられて、気持ちが変わった。そういった人々の中に、2006年オリンピック・チャンピオンであるシズカ・アラカワもいた。アラカワは彼のキャリアのために寄付をして、精神的なサポートもした。

“I think I was able to give something good back, return a favor,” Hanyu said.

 「なにか良いことを、恩返しにしてあげたいと思いました。」と、ハニュウは言った。

In March 2012, Hanyu finished a surprise third at the world championships. To refine his talent, he moved to Toronto to train with Orser, a two-time Olympic silver medalist from Canada who had coached Kim Yu-na of South Korea to a women’s gold medal at the 2010 Vancouver Games.

 2012年三月、世界選手権で驚きの三位に入った。才能を磨くため、カナダの2回銀メダルを取っているオーサーのもとで練習するため、トロントへ移った。オーサーは2010年バンクーバーオリンピックで女子金メダルを取った韓国のキム・ヨナをコーチした事がある。

Hanyu did not speak much about the earthquake, said Tracy Wilson, another of his coaches. But she added: “When you’ve been through something that horrific, it puts skating in its place solidly. You have a much better perspective on what you’re doing. At such a young age, he had this maturity instantly through that tragedy.”

 ハニュウは地震について多くを語らない、とコーチの1人であるトレーシー・ウィルソンは言った。しかし、このように付け加えている。「何か恐ろしいことを経験したら、その分しっかりスケートに集中するようになるでしょう。今していることにもっといい展望を持つのですから。こんなに若いのに、悲劇を通してすぐに成熟したのです。」

The devastation became grim inspiration for Hanyu, Wilson said.

 災害はハニュウに、暗いインスピレーションを与えた、とウィルソンは言った。

“You’re doing it all of a sudden for your country, your neighbors,” she said. “You start to move to a higher purpose, and that takes you to that next level.”

 「突然、国のため、隣人のためにスケートをしているのです。」彼女は言った。

 「より高い目的を持つようになりました。それが次のレベルへと連れて行くのです。」

On Friday, Hanyu wore bright green and pink rhinestones on his costume, meant for luck. He is superstitious, and as usual, he squatted and pushed backward from the boards and did not look at anyone else. Then he began skating. He did not have much luck — just enough to win the Olympics.

 金曜に、ハニュウは幸運を意味する明るいグリーンとピンクのラインストーンを衣装につけていた。彼は迷信深い。そして通常、しゃがんで、リンクの壁を後ろ向きに押して出て行き、誰も見ない。そしてスケートを始める。それほど多くの幸運は持っていなかった。オリンピックで勝つに十分なだけしか。

His victory could not really help the recovery in Sendai, Hanyu said. He felt helpless, he said, as if “I’m not making any contributions.” But now he had a gold medal. Maybe it was a starting point.

 この勝利が仙台の復興に実際に役立つ訳ではない、とハニュウは言った。無力だと感じる、と彼は言った。「何も役に立っていない」ように。しかし今や、金メダルをとった。これがスタート地点かもしれない。

“Perhaps,” Hanyu said, “there is something I can do going forward.”

 「たぶん」と、ハニュウは言った。「前に進む為に何か自分に出来ることがある。」

ということで、結構力の入った記事なので、

ぜひ上のリンクから、原文を全部読んでみて下さい。

私は、読んでて、泣けてしまいました。

16歳で震災にあって以来、どんな思いでスケートをしてきたか・・・cryingcrying

普通の19歳の子たちなら、友達と遊びに行ったり、

大学などで自由に過ごして、楽しくやっている時に、

仙台のため、支えてくれた人の為、何ができるか模索しながら

金メダルに向けて練習に打ち込んで来たのですね。

おめでとう、羽生結弦選手sign03

あなたは金メダルにふさわしいsign03

Datemasamunezo2007sendaijoup_2見事な勝利じゃ!!

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